LOGIN第32話 恋敵の竜公爵は、俺を殺したくない
炎をまとった竜の爪が、俺の首へ振り下ろされた。
避けられない。
そう思った瞬間、銀白の影が目の前へ飛び込んだ。
リシアは光の枷が残る両腕を持ち上げ、アレクシオの爪を正面から受け止めた。赤い炎と銀白の炎が衝突し、始祖宮の大広間を揺らす爆風が巻き起こる。
「リシア、どけ!」
アレクシオが苦痛に顔を歪めた。
「この身体は、遥人を殺すまで止まらない。お前を傷つけるなという命令は受けているが、攻撃を邪魔する者まで無事で済む保証はない!」
「ならば、なおさら退けない。私の婚約者を殺させるわけにはいかないし、私のためにお前が人を殺すところも見たくない」
「そういう言い方をするな。まるで私が、お前への未練で人間を襲っているようではないか」
「違うのか?」
リシアが問い返すと、アレクシオは一瞬だけ言葉を失った。
その隙にも命令は彼の身体を動かし、竜の爪がリシアを押し込んでいく。
<第34話 「この子は私の心臓だ」と聖王は笑った銀色の鎖がフィーネの胸を貫いた。血は流れなかった。けれど、小さな身体が大きく仰け反り、口から悲鳴がこぼれる。胸元から引き出された銀色の光が鎖を伝い、御厨統馬の身体へ埋め込まれた核へ吸い込まれていく。「フィーネを離せ!」俺は床を蹴り、御厨へ飛びかかった。戦い方など知らない。剣も持っていない。それでも目の前で妹同然の少女を奪われて、通訳だから後ろにいるべきだと考えられるほど冷静ではなかった。伸ばした指先がフィーネへ届く直前、見えない壁に身体を弾かれた。胸を殴られたような衝撃が走り、俺は床を転がる。息ができずに咳き込んでいると、御厨が俺を見下ろした。「相変わらず、自分にできないことを考えずに動く。君には戦う力がないと、何度も教えられたはずだろう」「できるかどうか考えてる間に、フィーネが消える。だったら失敗しても動いたほうがましだ」「その結果、君まで倒れれば、仲間に負担を増やすだけだ」「正論を言えば、子供を苦しめてることが正しくなると思うな」起き上がろうとした俺の前へ、リシアが立った。彼女は俺を守りながら、御厨と腕の中にいるフィーネを見つめている。「その子を返せ。フィーネは始祖竜の心臓などではない。私の妹だ」「お前が勝手に家族と呼んでいるだけだ。この子が生まれるよりはるか以前から、始祖竜の核は私の中にある」御厨は自分の胸へ触れた。竜の骨で作られた王衣の隙間から、銀色の核が見える。それは心臓のように規則正しく動いていたが、鼓動するたび、御厨の胸から黒いひびが全身へ伸びていく。核がなければ、四百年を生きた身体は一瞬で崩れてしまうのだろう。「四百年前、私は始祖竜の名前を手に入れた。だが、その力のすべてを支配できたわけではない。心臓に残っていた意思が、私へ従うことを拒んだからだ」御厨がフィーネの髪を撫でた。少女は苦しそうに顔を歪め、逃れようと身体を動かし
第33話 二人の皇太子、消えるのはどちらか黒い光が二人のアルベルトを飲み込み、始祖宮の大広間を激しく揺らした。床に刻まれた術式から何百本もの光が立ち上がり、二つの身体を糸のようにほどいていく。罪悪感を抱えた本来のアルベルトと、国を救うという目的だけを残したもう一人のアルベルトは、光の中で混ざり合い、やがて一つの人影へ戻った。黒い光が収まる。そこに立っていたのは、たった一人のアルベルトだった。髪も瞳も、リシアと同じ竜族皇室の色を取り戻している。身体を覆っていた傷も消え、服装も皇太子の正装へ変わっていた。外見だけを見れば、分裂する前の完全な第一皇子に見える。「お兄様」リシアが呼びかけた。アルベルトはゆっくり妹へ顔を向けたが、その目に懐かしさはなかった。「その呼び方は、いまの私には必要ない。国を救うために不要な関係は、すべて整理する」リシアの表情が凍りつく。「では、残ったのは……」「目的を持つ私だ。罪悪感に支配され、自ら消えることを望んでいた弱い半身は吸収した。これで私は完全な皇太子となった」アルベルトは始祖炉へ手を向けた。炉を囲む黒い鎖が一斉に脈打ち、皇都中から集めた名前をさらに強く吸い上げ始める。大広間の壁に、街の様子が映し出された。道を歩いていた竜族たちが次々と膝をつき、自分の名前を思い出せなくなっている。親が子供を呼ぼうとしても声が出ず、兵士たちは所属も守るべき相手も忘れ、始祖宮の命令だけを待つ人形へ変わろうとしていた。「やめろ!」リシアが兄へ飛びかかった。アルベルトは片手を振っただけで、彼女を弾き飛ばした。アレクシオが倒れかけたリシアを受け止め、俺はアルベルトの前へ走った。「本当に、もう一人は消えたのか」「彼は自分で望んだ。国を救うために消えられることを、最後まで喜んでいた」「それは答えになってない。俺が聞いているのは、完全に消えたのかどうかだ」
第32話 恋敵の竜公爵は、俺を殺したくない炎をまとった竜の爪が、俺の首へ振り下ろされた。避けられない。そう思った瞬間、銀白の影が目の前へ飛び込んだ。リシアは光の枷が残る両腕を持ち上げ、アレクシオの爪を正面から受け止めた。赤い炎と銀白の炎が衝突し、始祖宮の大広間を揺らす爆風が巻き起こる。「リシア、どけ!」アレクシオが苦痛に顔を歪めた。「この身体は、遥人を殺すまで止まらない。お前を傷つけるなという命令は受けているが、攻撃を邪魔する者まで無事で済む保証はない!」「ならば、なおさら退けない。私の婚約者を殺させるわけにはいかないし、私のためにお前が人を殺すところも見たくない」「そういう言い方をするな。まるで私が、お前への未練で人間を襲っているようではないか」「違うのか?」リシアが問い返すと、アレクシオは一瞬だけ言葉を失った。その隙にも命令は彼の身体を動かし、竜の爪がリシアを押し込んでいく。床の石がひび割れ、リシアの靴が後方へ滑った。彼女は魔王の紋章によって力を奪われているうえ、両手には俺がつけた光の枷まで残っている。「リシア、その枷を外す!」「最初から外しておけ!」俺が勇者の紋章へ意識を向けると、光の枷が消えた。自由になったリシアはアレクシオの腕を外側へ受け流し、そのまま俺の襟をつかんで後方へ放り投げた。「乱暴すぎるだろ!」「首を刎ねられるよりはましだ。文句は生き延びてから聞く!」床を転がった俺のすぐ横へ、アレクシオの炎が突き刺さった。石床が溶け、赤く泡立つ。あと少しリシアに投げられる力が弱ければ、俺は首どころか上半身を焼かれていた。「悪いが、次は外せそうにない!」アレクシオは自分の腕を止めようと、反対の手で押さえ込んでいる。それでも黒い鎖は容赦なく彼を引きずり、俺との距離を縮めてきた。リシアが再び間へ入ろうとすると、床から何本もの鎖が伸び、彼女の翼と両足へ巻き
第31話 婚約を解消すると彼女は告げた『今度こそ、私が遥人を捨てなければならない』リシアの魂語は、驚くほど静かだった。泣き叫ぶ声よりも、その静けさのほうが怖かった。彼女は迷いを消したのではない。迷ってしまえば決断できなくなるから、自分の感情を切り捨てようとしている。俺が握った左手は冷たく、二本の銀線も弱々しく明滅していた。「一時間以内に皇都へ行き、俺との真銀の環を断ち切るつもりか」俺が尋ねると、リシアはわずかに眉を動かした。「人の考えを勝手に聞くなと、以前にも言ったはずだ」「聞きたくて聞いたわけじゃない。それに、口に出さず一人で決めようとするから、魂語を聞くしかないんだ」「ならば、いま口に出して伝える。遥人、私たちの婚約を解消する」広場に残っていたざわめきが消えた。処刑台の上にいるカナタも、怜央を支えていたロランも、俺たちを見つめている。リシアは俺の手を振りほどき、鐘の操作盤へ歩み寄った。魔王の印に侵食された身体は、まだ本来の力を取り戻していない。それでも背筋を伸ばし、竜帝国の皇女として、世界中へ届く声で宣言した。「竜帝国第三皇女リシア・ヴァルドレイクは、如月遥人との婚約を、この場をもって解消する。真銀の環を断ち、今後は互いの人生に干渉しない。これは私自身の意思であり、誰かに命じられたものではない」完璧に整えられた文章だった。皇族が正式な契約を解消するときの文言を使い、誰にも異議を挟ませない声で言い切っている。しかし、俺とリシアの薬指に残る銀線は消えなかった。二本の線は震えながらも、互いを選んだときの形を保っている。竜帝国皇都から届く、もう一人のアルベルトの声が低く笑った。『言葉だけでは不十分だ、リシア。真銀の環は、王家の契約書より正直だ。お前は婚約を解消すると口にしながら、心の中では人間を手放していない』「私が何を考えているかは関係ない。契約は言葉によって成立し、言葉によって解消される」『かつての偽装婚約ならば、
第30話 婚約者を殺せという命令を、俺は訳し直した聖剣が、リシアの心臓へ向かって振り下ろされた。止めようとしても右腕は動かない。勇者となった者は、魔王を討たなければならない。黄金色の命令が筋肉だけでなく、神経や骨にまで食い込み、俺の意思とは関係なく剣を加速させていく。リシアは逃げなかった。刃が迫っているのに、俺へ差し出した左手を引こうともしない。黄金の瞳には恐怖があったが、それ以上に、俺への信頼があった。『遥人なら止める。もし止められなくても、最後まで私を私として見てくれる』その魂語を聞いた瞬間、胸の奥から怒りが込み上げた。俺が失敗しても受け入れるなど、勝手に決めるな。父と話したばかりなのに、今度は婚約者へ何も言えないまま別れるつもりなどない。剣を止められないなら、命令の意味を変える。御厨統馬が俺へ与えた命令は、「リシア・ヴァルドレイクを殺せ」ではなかった。魔王リシア・ヴァルドレイクを討て。魔王という言葉は、彼女が生まれたときから持っていた名前ではない。御厨が世界中の恐怖を集め、あとから無理やり貼りつけた役割だ。討つべき対象は、リシア本人ではなくてもいい。「万象通訳。命令の目的語を再解釈する」俺はリシアから目をそらさず、黄金色の文章へ自分の意思を差し込んだ。「俺が討つのはリシア・ヴァルドレイクではない。この女に押しつけられた、魔王という役割だけだ!」聖剣がリシアの胸へ突き刺さった。広場から悲鳴が上がり、フィーネが俺たちの名前を叫ぶ。しかし、銀色の刃はリシアの身体を傷つけていなかった。剣先は胸元の黒い紋章へ沈み込み、その下にある服にも肌にも触れず、魔王という意味だけを貫いている。リシアは苦痛に顔を歪めたが、俺の手を離さなかった。「ずいぶん乱暴な助け方だな。あと少し解釈を間違えていたら、本当に私の心臓を貫いていたぞ」「俺だって好きでやったわけじゃない。文句なら御厨に言って
第29話 世界中が、俺の婚約者を殺しに来る世界中から向けられた殺意が、目に見えない濁流となって地下空洞へ流れ込んだ。人間の王国で祈りを捧げていた神官も、竜帝国の国境を守る兵士も、まだリシアの顔さえ知らない遠方の民も、御厨統馬の宣告を聞いた瞬間、魔王を倒すべき敵として認識させられた。その一つ一つは小さな感情にすぎない。しかし、何万、何十万という恐怖や憎悪が集まれば、それ自体が強大な魔力になる。リシアの胸に刻まれた黒い紋章が脈打ち、彼女の身体が大きく揺れた。「リシア!」俺が抱き留めると、腕の中の身体は氷のように冷たかった。銀白の髪が黒い魔力にあおられ、胸元から伸びた文字が首筋へ這い上がっている。文字が通った場所から鱗の色が濁り、黄金色だった瞳にも赤黒い光が混じり始めていた。「私から離れろ、遥人。この印は、私の近くにいる者まで敵と認識するつもりだ」「離れたら消えるのか」「消えないだろうな」「だったら離れる理由にならない」「お前は本当に、こういうときだけ話を聞かない男だな」リシアは俺を突き放そうとしたが、腕に力が入っていなかった。それでも魂語だけは、痛いほど鮮明に聞こえてくる。『怖い。身体の中へ知らない声が入ってくる。人間を殺せ、竜族を支配しろ、世界を焼けと囁いている。私はそんなことを望んでいないのに、このままでは自分が何を望んでいたのかまでわからなくなる』リシアの名前を覆う黒い文字は、彼女の意思まで魔王にふさわしいものへ書き換えようとしていた。俺は彼女の左手を取り、薬指に残る二本の銀線へ自分の指を重ねた。契約としての真銀の環は消えた。それでも、別々の人間が互いを選ぶと定めた二本の銀線は、俺とリシアの魂に残っている。「リシア・ヴァルドレイク。竜帝国第三皇女で、フィーネの姉代わりで、俺の婚約者だ。怒ると怖くて、意地を張ると長くて、甘い焼き菓子が好きなのを隠そうとして毎回失敗する女だ」「最後の情報は必要か?」「